2022年度 東京都精神科医療地域連携事業 症例検討会


2022年9月14日(土)17:30〜18:38 昭和大学附属烏山病院 中央棟4F 集会室

*外部医療機関にはZoomにてWeb配信

司会進行 横山 富士男(埼玉医科大学病院 神経精神科名誉教授 医師。以下、横山)

テーマ『思春期症例』

症例発表① 

花輪 洋一  昭和大学医学部 精神医学講座 医師

横山:続きましては本日のご出席者様でございますが、お手元の資料 2ページ目の一覧をご参照くださいますようお願い申し上げます。

 それでは早速、症例発表に移りたく存じます。今回のテーマは『思春期症例』となっております。まず1例目、昭和大学医学部精神医学講座 医師  花輪洋一先生にお願いいたしたく存じます。花輪先生、よろしくお願いします。

花輪 洋一(昭和大学医学部 精神医学講座 医師。以下、花輪):

 ご紹介にあずかりました昭和大学医学部精神医学講座所属の花輪洋一と申します。本日は貴重な機会を賜りまして厚く御礼申し上げます。どうぞよろしくお願いいたします。

 今回私が発表させていただきますのは、思春期強迫性障害の患者様の治療に関して、自分で経験した症例をもとに見解を述べさせていただければと思います。

 

 まず最初に、昭和大学附属烏山病院、当院について簡単にご紹介させていただければと存じます。昭和大学附属烏山病院は、東京都の救急医療区分の第3医療圏に属する急性期の精神科病院です。駅でいうと京王線の千歳烏山という駅から10分ぐらい歩いたところにある、住宅街の中にある病院です。少しユニークな形をしておりまして、患者様がくつろげるようなスペースとか、デイケア等も併設されているような病院になります。

 病棟の構成ですが、現在はA-3病棟、A-4病棟というスーパー救急病棟がそれぞれありまして、他にB-4病棟という慢性期病棟があり、救急患者様でどうしても後方的な治療の継続が必要な患者様については後方病棟に移送することがあります。C-3病棟は原則、高齢者の方を対象にした病棟となっています。C-4病棟は唯一の開放病棟ですが、開放で治療をしていく患者様を診ていくことになっています。現在、残念ながらまだ小児専門病棟はありません。

 

 今回の報告ですが、15歳男性の思春期の強迫性障害の症例について話させていただければと思います。先に簡単にまとめさせていただくものがありまして、ご説明させていただければと思います。

 

 小児・思春期強迫性障害の方の疫学についてです。発生頻度としては、罹患率が1%、生涯有病率が1.9%ということで、日本では有病率は1.7%と言われています。発症年齢は10歳前後と21歳前後の2峰性があり、過半数が18歳以下で生じるということで、小児・思春期では強迫性障害の患者様は比較的多くなっています。

 児童思春期強迫性障害の患者様の40%は成人期に症状が寛解すると言われていますが、中には遷延してしまう方もいらっしゃいます。男女比に関しては、思春期以前は男性と女性が2対1から3対1と男性が多いんですけれども、思春期以降については男性と女性は1対1.35と少し女性のほうが多くなっていると言われています。

 

 発達過程における強迫性障害についてです。古典的精神分析によると肛門期に該当するという見解もありまして、身体的欲求の満足や生理的ホメオスタシスについて親から自立していくという過程ですが、そこで能動性、自律性の感覚の獲得をしていくところと、一方で親からの愛情喪失への不安というものが葛藤として生じ、親の承認を得られるような「良い子」と「自律性」の両立に起因するのではないかというような分析がされています。

 

 小児に見られる強迫性障害の特徴としては、多くは成人期の症例と共通します。強迫観念については、成人と同様に、汚染への不安、自分や他人に危害を与えることへの不安、対称性や完全さへの欲求が見られます。強迫行為としては、過剰な洗浄、過剰な清掃、数かぞえ、繰り返しなど、大体これらの順に多いと言われています。

 また、成人期と比較しての特徴です。思春期に関しては、巻き込み行為が特に見られやすいと言われています。次に発表させていただく症例でも見られたんですが、親や周囲に行動を巻き込もうとするケースが見られる、また、時にひどい場合ですと家庭内暴力などにつながるケースもあると言われています。

 

 強迫症状が必ずしも自我違和的ではないことがあると言われています。症状が場所に限局的に見られることがあり、家庭内では強迫がひどいけれども学校では見られないといったケースがあり、今回発表させていただく症例に関しても、学校では比較的見られなかったんですけれども、家庭内で強迫症状が特にひどいといった印象を受けました。「嫌悪感」と「汚染」の混同が、支配や干渉への嫌悪、支配からの解放への儀式として見られることがあり、思春期の自立という側面で生じることが指摘されています。また、思春期ならではでありますが、性的欲求の芽生えとそれに対する嫌悪感が、強迫症状の増悪として見られるということも報告されています。

 

 小児期における強迫症状を呈する疾患や併存症については、自閉症スペクトラム障害の常同性やこだわりと区別が難しいケースがあると言われています。また、小児では自我違和性が乏しいこともあり、その辺も鑑別として必要になるケースがあります。統合失調症の前駆症状としてあらわれるケースも考えられます。ほかに、チック、身体醜形性障害、溜め込み障害、抜毛障害、皮膚むしり障害、全般性不安障害、鬱病、不登校などを併発することがあると言われています。

 

 小児における強迫性障害の治療と薬物療法については、(資料5ページ下段の左の)上の表に挙げられているように、比較的軽度については最初にCBTをやることが推奨されていまして、第2選択として薬物療法を併用することが言われています。

 今回に関しては比較的程度が重かったため、第1選択のCBTに加え、SSRIを用いた治療も開始させていただきました。投与される薬剤としては以下のものがありまして、日本での推奨用量は比較的低いのですが、海外での使用量としては比較的高用量のSSRIを使うことが多いと言われています。

 

 では症例の詳細について発表させていただきます。生活歴です。同胞3名中第3子、三男として出生しました。幼少期に成長発育のおくれの指摘はありませんでした。元来社交的な性格で友人と活発に遊ぶ子供でした。小学校5年生のとき、父の仕事の都合でA県に転居しました。成績は中の上でありました。転校先の学校でもいじめはなく、交友関係は良好で、中学2年生のときにはクラスの委員会に選ばれるなどしていました。また体育祭でも応援団長をやられたりという感じで、非常に活発なお子さんだというふうには聞いています。

 長兄は自立しておりまして、当院初診時のX年については次兄、母、父の3人暮らしでありました。アルコールや違法薬物の使用歴はありません。

 

 既往歴、家族歴、検査所見です。既往歴については10歳ごろまで小児喘息があったと言われていましたが、私が診察したときには既に寛解状態でありました。家族歴については、次兄が軽度知的障害があり、作業所等に通っているという状況でした。採血検査では特記事項はありませんでした。また心電図、胸部レントゲン、頭部MRIでは明らかな異常の指摘はありませんでした。

 現病歴です。X-4年の11歳ごろから、自宅のドアノブやトイレが清潔なのかを気にするようになりました。X-2年の冬ごろ、14歳ごろから、父親のさわったものを除菌しないとさわれないというふうに訴えるようになりました。徐々に除菌しないと家中のものをさわれなくなり、家の床に落ちた服を捨てたり、家から外に持っていくものは除菌しないと外に持ち出せないようになりました。

 

 X-1年2月、Aクリニックを受診し、強迫性障害の診断で精神療法が施行されましたが、症状は改善しませんでした。X-1年3月には除菌作業に時間がかかって学校に遅刻するようになりました。X-1年8月2日、当院を初診し、当初クロミプラミンが処方されましたが症状は改善せず、同月30日に当院に任意入院しています。入院中にクロミプラミンが中止され、エスシタロプラム20mgが処方されました。外出泊訓練を経てX年3月13日に退院し、同月15日より私が外来主治医としてかかわりを開始しています。

 

 初診時現症についてです。診察時は、年齢相応、中肉中背の男性で、整容や礼節などは保たれていました。笑顔で会話されていましたが、アルコールの消毒綿を常に携帯しており、診察室に入るときは入り口の扉をさわれず、同席した母親にあけてもらうような巻き込み行為が見られていました。入院中の外出泊中には除菌せずに洗濯物をさわるなどの練習ができていたようですけれども、退院後は母親にかわりに片づけてもらっており、父親とは、会話すると父親の唾液が自分にかかるのではないかという不安や恐怖から、一緒に食事をとれないでいました。一方で学校は彼にとって聖域となっており、家から学校に物を持ち込むときは何度も除菌を繰り返し、そのせいで再び学校に遅刻するようになっていました。

 

 神経学的所見、血液検査や頭部MRI検査、脳波検査では異常を認めませんでした。強迫観念や強迫行為を認めており、家庭や学校生活でも大きな支障を来しており、強迫性障害と診断しました。先ほど鑑別というふうに挙げさせていただきましたが、病的体験の表出はなく、統合失調症は否定しています。

 疾病理解や環境教育に加え、強迫観念に対してフルボキサミンを開始することにしました。このときのY-BOCSは強迫観念が20点中15点、強迫行為が20点中19点で合計34点となっており、重度というふうに考え、先ほどお話しさせていただきましたが、CBTに加えて薬物療法を開始することとしました。

 

 その後の経緯です。前医のエスシタロプラムを中止し、フルボキサミンを25mgより開始し、150mgまで漸増しました。ご本人様にいろいろ確認したところ、不潔と感じるものにも段階があり、特にご本人様が強く不安に感じているものは、父親が直接触れたものに対する不潔観念というものが強くあらわれている印象がありました。

 

 面接の過程で、幼少期に父親から強く叱責されたことから父親に対する忌避感が強まったことを同定しまして、本人と相談し、臨床心理士と連携しながら、本人の不安や悩み、家族に対する葛藤を傾聴しました。さらに本人と話しながら不安階層表を作成し、比較的取り組みやすい課題である、制服は除菌しない、洗濯物は自分で畳むといった課題から暴露療法を行いました。また、母親は遅刻しないでほしいとの思いから本人の要求に従って強迫行為を手伝う様子が見られており、巻き込み行為が症状の増悪に寄与する可能性を説明しました。さらに、本人や家族の了承を得て、当院の精神保健福祉士と連携し、両親にコミュニティー強化と家族訓練の治療プログラムを導入しています。

 お父様は実は視力障害がありましてそういった背景もあるんですが、この後またご説明させていただきますが、CRAFTをやっている中で、父親は、当時の厳しい教育的指導の背景には、自身の視力障害の病気が進行して父親自身が将来への不安感が強まっていたことに加えて、ご本人様がもともとすごく社交的で活発で成績も割と優秀なほうだったので、ほかの兄弟と比べて非常に物覚えも早かったということで、ご本人様に対してすごく期待感を寄せていたというふうに振り返っておられました。

 過去に自分が強く当たってしまったせいで病気にさせてしまったと、診察時は非常に自責的になっていました。お母様も、知的障害のある次男や視覚障害が進行してしまった旦那様を支えることで必死であり、本人の気持ちに配慮する機会がなかったというふうに話されていました。

 両親の疲労感も顕著であり、疾病教育や心理的ケアを行いながら、家族のかかわりについて助言を行っていきました。また、本人や家族の同意を得て訪問看護を導入し、自宅での暴露療法や家族の関係性の観察や支援を行うこととしました。

 

 ご本人様はX年4月から高校に進学し、話し合いの末、結局、自宅からではなく、食事が出るような寮で生活しつつ、そこから学校に通うことになりました。その過程で、家族以外にも公衆トイレとか手すりに対しても不潔恐怖というのが出現しまして、最初は非常に登校にも時間がかかっていましたが、徐々に遅刻せずに通学することができるようになっています。

 現在は、クラブ活動などにも参加されていて、遅刻もせず、高校3年生になっているんですが、順調に大学受験について準備中であります。Y-BOCSについても、点数としては(強迫行為と強迫観念の合計が)16点ということで、まだちょっと強迫行為や強迫観念が見られるんですけれども、当初に比べて軽減しているかなといった印象です。

 

 心理教育についてです。具体的に申しますと、もちろん面接もさせていただいているんですが、臨床心理士と連携し、外来で月1回の心理カウンセリングも行っています。また、不安階層表を作成していただいて、本人によるSUAのスコアリングに基づいて段階的な暴露反応妨害法を行っています。その際にご本人様とフィードバックを行って、実際どうだったかということを振り返りながらまた不安階層表をつくったり、次はこういうことをやってみようとか、自宅では今度はこういうふうにしてみようみたいな宿題も渡しながら、次回の目標を設定しています。

 

 それ以外に、年に数回、家族との面談を実施して、家族への疾病教育もあわせて行い、その際に本人参加の上で暴露療法を行っています。この方は特にお父様に対する不潔恐怖が強いので、お父様に実際に面接室に入ってもらったり、お父様と話してもらったり、最近ではお父様との交流もよくできるようになっていて、お父様と一緒の診察室で自分の気持ちを話したり、子供のころ実はこうしてほしかったんだみたいなことも言えるようにはなっています。また、面接室で少し物のやりとりをして、洗わないでそれを持ち帰るという練習をしたり、診察が終わった後ご家族様で一緒にレストランに行って食事をされるという様子も見られていて、最近はお父様に対する不潔恐怖というものを大分軽減している印象があります。

 

 「不安階層表と本人の感想」ということで、どんなことをやっているかということですが、このように表で書いてもらって、100点満点でスコアリングをしてもらいまして、このようにつけています。

 また、先ほどちらっと話しましたが、CRAFT、コミュニティー強化アプローチと家族トレーニングということをやっています。これは対象者の生活全体の環境調整を系統的に行うことで問題行動の弱化と他行動の強化を達成する方法で、当初は物質依存症及び関連する暴力などの問題に対する治療法として発展しましたが、今回の症例に関しては強迫性障害ということで、ご本人様と家族を交えて4回行いました。

 

 実際にどういったものをやったかといいますと、このようなワークシートを書いていただきまして、どういった問題行動をご家族様として考えていらっしゃるのかということを、こういった紙に沿ってベースとして書くことによって、ご家族様も気づいてもらうということをお願いしています。ここに書いてありますように、こういった巻き込み行為をしてしまう、先回りのことをしてしまうという自分の気持ちも理解してもらいながら、それをどういう気持ちでやってしまうのかということとか、それをやることによってご本人様の治療になっているかというところも振り返るように説明しながらやっていただいています。

 

 まとめです。児童思春期の治療においては、本人に対する治療のみならず、両親を初め、本人の成長発育に関する関係者と連携しながら多職種間での連携が奏効するというふうに印象づけられました。また、長期化、慢性化する疾患の場合は、本人のライフスタイルに合わせ治療環境が変化することがあり、ご本人様が今後成長していくと、もし成人になっても症状が残る場合は、新たな治療機関へのトランジションなども課題になるのかなというふうに考えております。以上です。ご清聴ありがとうございました。

横山:花輪先生、どうもありがとうございました。お聞きいただきました中でのご質問やご意見につきましては、後ほどパネルディスカッションにて皆様より頂戴したいと思います。

 それでは、ただいまより5分間の休憩としたく存じます。開会は18時5分とさせていただきます。Zoomでのご参加の方につきましては、一度ご退室の上、18時5分に再度同じURLへご入室くださいますようお願い申し上げます。

(休 憩)