令和4年度 東京都精神科医療地域連携事業公開講演会


2022年11月12日(土)15:30〜17:30 昭和大学附属烏山病院 入院棟1F 食堂ホール

司会 今井 美穂(昭和大学附属烏山病院リハビリテーションセンター 臨床心理士。以下、今井):

 これより第2演題に移ります。真田先生よろしくお願いします。

司会 真田 建史(昭和大学医学部 精神医学講座 医師。以下、真田):

 それでは、ここから本日の第2演題に移りたいと思います。第2演題は東京大学の佐々木司先生にお越しいただいております。講演に先立ちまして先生のご略歴をご紹介させていただきたいと思います。佐々木先生は1985年、東京大学医学部ご卒業後に清和病院、帝京大学等を経て、1993年にトロントのクラーク精神医学研究所にご留学されております。その後、東京大学保健センターを経て2008年から東京大学学生相談ネットワーク本部の教授をされ、2010年より現職であります東京大学教育学科研究科健康教育学分野の教授としてご活躍されております。佐々木先生は幾つかのご要職を務めてらっしゃいますが、日本不安症学会の今現在、理事長であられます。ほかも学会、あとは厚生労働省等の委員をされたりとか多種多様なところでご活躍されているご高名な先生でいらっしゃいます。

 本日は「学校生活における精神疾患と発達障害」というタイトルでご講演をお願いしたいと思います。佐々木先生どうぞよろしくお願いいたします。

講演② 『学校生活における精神疾患と発達障害

      佐々木 司 東京大学大学院 教育学研究科総合教育科学専攻身体教育学講座 教授

佐々木 司(東京大学大学院 教育学研究科総合教育科学専攻身体教育学講座 教授。以下、佐々木):


 真田先生どうもご紹介ありがとうございます。皆さん、こんにちは。今日は私は携帯を途中のある場所に忘れてきているという、特性だったなと、そんな感じの非常に困っているところでやってまいりました。

 あと今日お呼びいただいたのは、実はここの主任教授の岩波先生にお呼びいただいたんですけれども、私は同級生で精神科に同期入局した仲でございます。

 今日お話ししたいことは、小学校高学年から高校生ぐらいまでの思春期のときは非常に精神疾患あるいは発達障害のある段階というか二次障害とかの問題ですね、この辺のところと非常に密接な関係がある、大事な時期であるということ。またその時期の子どもたちは学校で生活していますけれども、学校でこれをどう対応していくかということが一つ鍵になっていくということをお話しできればというふうに思います。

 すみません、皆様のお手元のスライドと実際に見ていただくスライド、ちょっと変わっていますので、こちらのほうをごらんいただければと思います。では始めたいと思います。

 

 まず基本的な知識として、精神疾患の頻度と、あるいは思春期と精神疾患ということでお話ししたいと思います。精神疾患の頻度は思いのほか非常に高くて、日本人で一生のうちに何らかの精神疾患にかかる方は5人に1人の割合です。これは認知症は含まない。認知症を含むともうものすごい割合になると思いますけど。これ日本だけが高いかというとそうではなくて、ほかの先進国でも3から5人に1人ぐらいということですね。

 

 では頻度の高い精神疾患がどの年齢あたりでふえるのかということです。これ(45ページ下段)はオーストラリアのビクトリア州というところのデータです。発症だけではなくて、その罹病期間と生活障害、つまり生活、横軸が年齢ですけど、それぞれの年齢のところでどれぐらい、精神疾患にもいろんな病気がありますけども、それぞれどれぐらい影響があるのかをグラフにしたものです。このうぐいす色のところが精神疾患で、10歳ぐらいまではそんなにほかの病気と比べて大きな影響があるわけではないんですけれども、10代でぐっとこの影響はふえまして20代でもふえていく。もう二十ぐらいでは病気による生活の障害の大半は精神疾患によるものだと。ちなみにこの精神疾患の中には発達障害も含めて分類されています。

 

 だんだん高齢になってくると、がんとか心臓の病気とかが出てくるんですけども、若い年代では精神疾患の影響はものすごい大きいということを知っておいていただけるといいと思います。じゃあそれぞれの病気はどれぐらいのあたりが発症年齢なのかを見たのがこれ(46ページ上段)です。例えばADHDとかは早い年齢で出て明らかになってきますので10歳よりも前のところですけれども、10歳前後から不安症といったものが大きく出てきて、それから気分障害は二十以降も結構出てきますけれども、鬱病など、10代で出始める。

 統合失調症は実際の精神病症状が出てくるのはもうちょっと後ですけれど、前兆はこの辺から結構あるというところです。見ていただくのは、精神疾患全体ではどこがピークか。ピークというのは5割の人がどこまでで発症しているかということなのですが、それは14歳ということが最近の研究では言われております。つまり精神疾患の発症は思春期、10代またはそれ以前からふえるということを示しております。

 

 じゃあ思春期は何かということですけれども、これは10歳ごろから10代前半に始まります。身長、体重が急速に増加しまして、それに伴って性ホルモンの分泌がふえると。これが思春期の基礎になっておりまして、この結果、第二次性徴が出現して、心も体も大人への第一歩を踏み出す時期であります。性ホルモンの分泌は、これ(47ページ上段)は男子の場合ですけれども、10歳ぐらいまでこれぐらいですけど、この10代でどんとふえまして、20歳、30歳、この辺がピークで、だんだん少し枯れてくるというところです。

 性ホルモンの分泌がふえますと、欲求とか、あるいは衝動、感情の動きが大きくなってきますけれども、実はこの10代ではまだ脳の前頭前野といって感情とかをコントロールする部分が未完成です。そうしますと衝動、欲求、いろんなものがふえて大きくなってくる中で、コントロールする部分は未完成ですので不安定が起きやすいという時期に当たると思っていただければいいと思います。

 この10代は実は自殺のリスクも非常にふえてきます。10歳前は、自殺はほぼないんですけれども、10代前半で日本の場合、死因の第2位に上がってきて10代半ばで死因の第1位に上がるということが続いていました。つまり、これは自殺の増加と精神障害の増加がリンクしているということですけど、精神障害は実は自殺の主要因になっているということと関係があると思います。

 

 今申し上げましたように、これ(48ページ下段の表)は年代です。0歳から、ここが10から14歳、16から19歳。死因は第1位、第2位を見ますと、10歳未満では自殺は出てきませんけれども、10から14歳で自殺が出てきて16から19歳になるとこれがトップになる。30代後半まではトップです。これがずっと続いていたんですけど、コロナになりまして若干これが変わってきました。若干変わってきたというのは、いいほうにではなくて悪いほうに変わってきています。2020年の死因別の死亡数割合、10から14歳は、前は自殺が死因の第2位でしたけど第1位になってしまって、10代前半も後半も日本の場合は死因の第1位は自殺であるということになってしまいました。2020年です。小学生がこれぐらい、中学生がここです(49ページ上段)。小学生は高学年に限られていると見ていただいて結構だと思います。

 

 発達障害も先ほどの広野さんのお話でもたくさん出てきましたけれども、ここから私も少しだけお話しさせていただきたいと思います。発達障害でどういうものがあるかというと、ここにLD(学習障害)を入れてないんですけど、自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如多動性障害のADHD、この二つが代表的なものでありまして、もちろん両方の特徴を備えている人も多いということが近年明らかになっています。この辺は岩波先生のご著書を読んでいただくと非常にわかりやすく書いてあると思います。

 

 基本特徴、まず自閉症、ASDのほうの基本特徴は人とのコミュニケーションが苦手ということ、それからこだわりが強いということにあるのかと思います。一方、発達障害のADHDという部分の特徴は、あちこち注意が飛んで集中できない。注意欠如という名前のこの部分。衝動性が高くて落ちつきがないとか、抑制がきかずじっとしていられない多動という、これらがASD、ADHD、それぞれの基本特徴と言われてます。

 一方、共通した特徴もありまして、これは興味あることにはとことん、もう時間を忘れて熱中する。良いようにも聞こえますが、行き過ぎると過集中、極端な凝り性といった、そういう言い方もできるかもしれません。あと、学校の話ですから、熱中してるときは授業とかあるいは人の話は聞けてないことが結構多いと思います。

 先ほどの私の携帯もそうですけど、忘れ物やミスが多いというのがあります。

 

 あとASDにしばしば伴うほかの特徴としては、手先などの不器用、運動の不得手というのが知られています。先ほどの広野さんのお話にもありましたけど、発達障害はあるなしではなくて傾向の強弱です。だからスペクトラムという名前がついています。ある程度の傾向の人は本当にたくさんおります。問題は生活に支障が出ているかどうか。この傾向が非常に大きい人と小さい人、それと見えないぐらいの人も全国民をみればいる、ということです。

 スペクトラムには強弱がありますから、程度に応じて知能でカバーできる場合もあります。これは学校ですと学年によってもということになります。高学年になったり、あるいは上の学校に入って初めて気づかれることもあるかと思います。

 

 発達障害には、いわゆる偉人と言われる人も非常に多くて、ADHDですとスティーブ・ジョブスとかエジソンもそうだというふうに知られています。あと実はこのスライド、今年の正月にバイオリンの先生たち向けにつくったので、モーツァルトを出していますけど、モーツァルトもそうだったと言われています。

 モーツァルトに習っていた生徒の記録によると、モーツァルトは落ちつきがなくて、自分が教えているレッスンの途中で急に飛び上がってテーブルや椅子をぴょんぴょん跳び越えて、あるいは猫の鳴きまねをしてとんぼ返りをするなんていうことが結構あったそうです。あと、ギャンブルの穴埋めに借金を繰り返して常にお金が足りなくなっていたというのは有名なことです。理髪師を毎日自宅に呼ぶといった浪費癖もあったということです。多動、衝動性、あと凝り性、理髪師を毎日自宅に呼ぶというのは相当凝り性ですね。

 

 ASDのほうの著名人というと非常に有名なのはこの人です。アルバート・アインシュタイン。実はアインシュタインも研究者、大学教授ですけれども、大学教授、研究者にはもしかしたら多いかもしれません。ASDでは、特徴としては複数の情報を並行処理するようなことは苦手。どういうことかというと、例えば人の症状や周囲の空気を読み取る。これは1度にたくさんの情報を処理しなければいけません。

 スポーツでいうとバスケットボールみたいな競技です。これはチームスポーツで、周りの動きを、複数の情報を瞬時に処理しなければいけない。で、自分の動きを即座に考えなきゃいけない。考えるというよりも無意識に動くのでしょうか。こういうスピーディな動きなどを行うのが割と苦手だと。

 

 ただ、これは逆に言うと、一つのことにとことんじっくり取り組むほうは得意です。これはまさに研究者向きだと思います。このことは障害の特徴は裏返せば長所にもなるということになるかと思います。

 ちなみに発達障害で実際に多く見られる特徴には、このようないろいろなことがありますが、色分けしているのをそれぞれ見ますと、ミスや忘れ物なんていうのもそうですけども、過集中あるいは整理下手というのも入っているかもしれません。そういった特徴。それからこちらは臨機応変が苦手、会話に入れないとか、聞いて理解が苦手と、この辺は情報処理の特徴と関係があるかもしれません。そして、あとはかんしゃく、パニックが起きやすいなどということもあります。

 

 このうち、この「聞く」について見てみますと、「聞く」というのは実は一瞬で情報処理しなければいけない。人が話しているのはその一瞬一瞬で過ぎてしまいますから、その一瞬での情報処理をする。そういうのは苦手。むしろ図や文字など視覚情報を使うほうが得意。こういうものは時間をかけてじっくり見れますので、こういうほうが得意ということのようです。

 先ほどのアインシュタインも授業を聞くというのは本当に大嫌いで、学校に全然適応できない人でした。かわりに、授業中もそうですけれども、自分の好きな本をずっと読んでいた。実は、本は授業を聞くのと違って自分が興味を持ったことを自分のペースで学べるという大きな違いがあります。

 そういったことで、アインシュタインは適応できなくて旧制中学は中退しています。だけども、成績が優秀だったというか、理工系の勉強ができたのでチューリッヒの工科大学に入ってそこで学位を取っております。

 

 このことは先ほども申し上げたとおり、障害の特徴は裏返せば長所であると申し上げましたけど、例えば言葉の裏に気づけないなんていうのはASDの人の特徴としてあります。資料にはないかもしれません。これは瞬間的に総合で情報処理をすることが苦手ということに関連していて、マイナス面としては、相手の表情あるいは裏の感情が読み取れない。言葉では言ってくれないんだけど、実は腹の中ではこう思っているみたいなことがわからないとか、あるいはそういうことがあるので場面に合わない言動をとりがちになる。そうすると集団の中で浮き上がってしまったり孤立しがちになったり、いじめの被害に遭うこともあるでしょう。

 ただ裏返すと、これいい面もあります。どういういい面かというと、思っていることの反対を言う二枚舌の人ではない。これは本当に信頼できる仲間として非常に頼もしい相手だということになります。それこそ正直で信頼できる。特徴はいろいろあるけれども、裏返せばそれは長所にもなると。

 

 例えば、とことん集中して取り組む。これはアインシュタイン、モーツァルトの偉業はこういうことがなければできなかったわけですけれども。長所は裏返せば短所。これは逆のことですけど、とことん集中して取り組むということは、ほかに注意が向かない。集中してるときは全然ほかのところに視点が行かないので、注意がほかのことに向かない。そのことばかりに集中しているので、この横にあることを忘れちゃうのでミスや忘れ物が多いと、あるいは声をかけても耳に入らない、無視してるのではなくて耳に入らないということがあります。時間を忘れて夜更かし寝不足になりやすいなんていうこともあるかと思います。

 

 これ同じスライドですけども、高学年になったり上の学校に入って初めてこの障害は気づかれることもあります。これは、もちろん障害の程度の大小もありますし、でもそれをカバーするほかの力というところのこともあって、いつこれが気づかれるのか、あるいは生活の障害になってくるかというのは、だんだん年齢が上がってくるとそれが出てくるということもあります。

 

 学校でいいますと、高校までは教科書にまとまって書いていることを覚えて問題集を解けばある程度いいです。大学も1年生までは実はそれと似た勉強が多いんですけれども、専門課程に入りますと教科書のない科目が出てくる。特に文系なんかはそうですけどね。授業ごとに多くの資料を配られることがある。そうすると資料が散逸しないように整理整頓が必要になるということになります。あと教員の話をノートにとる必要も出てきます。実は大学の先生は誰も教育の訓練を受けていないので、板書とか下手ですね。そういう中でちゃんとノートをとるということも必要になってくるという。あるいは課題提出のために自分で資料探しもしなきゃいけないということで、高校まではうまくいっていても大学で問題にぶち当たるというか、障害が生活に支障が出てくるという人は結構多いんじゃないかなと思います。小学校だったら机の中がこういう感じになっていても(55ページ下段)、何とかなるのかもしれないんですけども配付資料が多いような大学では大変になりやすい。ちょっとこうなっちゃうと結構小学校でも大変かもしれないんですけど。

 

 あと思春期になると別の問題も出てまいります。例えば対人場面でいろんな失敗があったりとか、つらい体験などもあります。そうすると対人場面に対する不安、恐怖が形成される。これは社交不安症あるいは対人恐怖などというふうに呼ばれますけども、こういうことも出てきますね。

 鬱病を合併することもあります。これらは先ほどの話にもありましたけど二次障害と呼ばれて、発達障害の方の社会適応をさらに妨げてしまうという問題があります。

 

 発達障害の原因は何か。これは結論から言うと遺伝性が高いというのがわかっていて、でもそれ以上はまだわかっていません。育て方が原因でないと最初に書いたのは――発達障害の概念が出されたのは1940年代からですけれども、50年代60年代70年代ぐらいまでは、育て方が原因で発達障害になると、これが問題だというふうに言われて、こういうことで特にお母さんが非常に責められた。冷たい育て方。冷蔵庫のような母親などと言われて、冷たい育て方が原因というふうに責められていました。これは完全に間違いだということがわかったんです。

 それは、実はこのことはこの遺伝性が高いということと関係があって、自閉症の、あるいはASD、ADHDもそういう傾向あるかもしれませんけれども、お子さんの親は遺伝的関係からASD傾向は強いということです。これを誤って解釈してこういうふうに言われていた時期がありました。今これは完全に否定されていて、ただそれ以上のことはまだこれから解明していかなければいけないということになります。

 

 あと治療は、ADHDには治療薬もありますけども、ASDには基本的にはないです。もちろん二次障害の鬱とか対人恐怖には薬も有効ではありますが、基本的な特性であるこだわりとか過集中、人とのコミュニケーションの問題などは、これは薬もないし無理に治そうとしても難しい。先ほど広野さんのお話でもおっしゃっていましたけれども、そのとおりなので。むしろ特徴のよい面を生かして、この能力、活躍の場を伸ばす、広げる工夫をするということで、そのためには環境調整と言っていいんですか、どういう環境を整えていくか、あるいは自分たちでつくっていくかということが大切なんだということになります。

 すみません、発達障害はこの話の中でちょっと寄り道になってしまいましたが、次に進みたいと思います。

 

 精神疾患の学校生活への影響についてお話をしていきたいと思います。精神疾患は基本的には非常に気づきにくいです。どういう症状が精神疾患にあるかということを考えていただけるとわかるんですけども、精神疾患には精神面の症状とそれから身体症状とあります。精神面の症状は、気分の落ち込みとか意欲の低下とか、不安とかいらいらとか、この辺(滅裂な言動など)はちょっと別になってきますけれども、この辺は誰でもふだんから経験するありふれたことでありまして、非常に気づきにくいです。

 これはわかるかもしれませんけど、幻聴が統合失調症の症状として出てまいりますが、これはなかなか気づかないんです。はたからみて、その人に幻聴があるかどうかというのもわからない。それから幻聴を経験している人も、それが幻聴なのか本当の声なのかはわからないことが多いということです。

 

 子どもの場合は身体症状が非常に前面に出やすいです。身体症状は睡眠の症状とか食欲に関する症状、あるいは過呼吸、あと体の痛み。体の痛みは例えば頭痛とかおなかが痛いとか、腰が痛いとかいろいろありますけど、こういったものが結構前面に出やすい。体の不調ばかりに目が行きますとメンタルの不調は見逃すことが多いです。精神疾患は気づきにくい。特に子どもでは気づきにくいということがあります。

 子どもでも思春期になりますと、先ほど言いましたように、思春期はもともと精神行動の変化が大きい時期ですので、本人も周りもますます気づきにくいということがあります。

 

 この精神疾患は10代の生活にどう影響しているかということですけれども、10代の生活の中心はやっぱり学校です。そうしますと大きく影響されるのは学業。これは理解力、集中力が精神疾患は低下してきますので、この影響がある。それから交友関係、友達の会話の輪に入れないとか、友達がつくりにくいなどということがあって、こうなってくると成績が下がってくるとか登校が難しくなってくる。

 あるいはこれが重なってくると進級、進学、さらに卒業が難しくなってくる。就職活動も大変になってくると思います。ひきこもりが数十年にわたって続くこともある。先ほど広野さんのお話を伺っていましたら、40代の終わりまでピアサポートの対象になっているということで、それはひきこもりがそれだけ続いているということです。     

 

 あと治療はやはり数年以上に及ぶことが多いです。数十年はざらだと思いますけれども、とにかくこういう影響が10代では生活に出てくる。問題はこれでありまして、対応がおくれるほど影響は深刻化するということです。

 これは気づきにくいということと関係してくるんですけれども、何でかというと、まず生活への影響、例えば子どもたちの成績あるいは孤立は蓄積していく。つまり勉強が遅れていけば遅れるほど、それはどんどん遅れていきますし、集団の中に入れないということが続けば続くほど孤立は深まっていくということで蓄積していきます。そうしますと、こういったことがより困難になります。

 あと後遺症もありますので、適切な治療が遅れれば遅れるほど残りやすいということがあります。疲れやすさとか、集中力の低下とか、あるいは統合失調症のような病気では、治療開始が遅れるほど、あるいは治療中断で症状が固定化する、進行することはあります。一番困るのはこの問題です。統合失調症では罹患者の5%の方が自殺されると。若年者、再発の多い人ほど自殺のリスクが高いことが知られています。

 

 ここからが大事なことでありまして、これらを防ぐにはできるだけ早く気づくことと、適切な対応をとることが重要です。つまり、蓄積を防いでいくことが大事です。そのためにどういうことをするかということで、今日ご紹介したいのは、学校での精神疾患教育についてです。精神疾患教育は何かというと、目的は先ほど書いたこのことですけれども、精神疾患とその対応方法に関する基礎知識と考え方を教える教育です。

 例えば次のようなことを教えます。今日最初にお話ししたようなことです。心の不調、病気は思春期からふえる。心の不調は誰にでも起きる。非常に頻度が高いということです。特定の人にだけ起きるわけではないということ。それと1人で抱え込まないで早く相談してくださいということを教えること。あと、これはこれからちょっとアニメを見ていただきますので、そこでおわかりいただけるかなと思います。

(アニメーション上映)

 

 

 

 

 

 

 ここまでが前半で、こういう二つのメッセージがあります。一つは先ほど生活習慣という話をしましたけど、日本でずっと生活しているとあまり気づかないんですけども、東アジアの子どもの生活は非常に特殊で、世界の例えばヨーロッパの子どもたちの生活と比べると睡眠時間が1時間から2時間は確実に少ないんです。

 これは受験勉強があるからです。受験勉強があるのは当たり前じゃないかと思われるかもしれないけれども、高校入試があるというところはヨーロッパでは少ないと思います。高校は普通は義務教育なので。それから大学入試もペーパーテストで一発で行くというのは日本とか韓国、中国――中国はこれ少しやめようというような動きになっていますけれども、台湾もそうですかね。この辺の東アジアだけの科挙の文化圏の特徴です。ほかのところはこういうのはあまりないのです。だから、学習塾にみんなが行くなんていうのは本当に日本を含めた東アジアの独特の生活なので、このごろ日本の子どもたちはかなり厳しい状況に置かれているので、それを知ってもらって生活に気をつけてもらいたいというのが一つのメッセージです。

 もう一つメッセージは、この子に何が起こっているのか自分でわからないし、誰にどう助けを求めたらいいのかもわからないという状態、精神疾患はそういうことが多い、ということを伝えるのがメッセージの内容です。逆に、早く気づいて助けを求めてほしいということです。じゃあ二つ、次に参りたいと思います。

 

(アニメーション上映)

 実は、このアニメは、私とその研究室、10年ほど前から開発してきている精神疾患教育で、子どもたちに授業のときに見せるためのものでありました。こういうアニメをつくったりして効果を検証したりして研究をしてきていたんですけど、今年から、ご存じの方もいらっしゃるかなと思いますけど、こういう精神疾患教育が高校の保健体育では必修となりました。これは今までずっと学校の教育の中で精神疾患という言葉は全くなかった。何も教えられてこなかったので、これができたというのは非常に大きな進歩です。

 

 ただ一方で、これを中学からやってくれというふうにお願いしてたんだけど、一旦全くポシャった後、高校で復活したという経緯があります。「高校生で初めて教えるのでよいの?」といったことも含めて、問題も残っていると思います。「高校生で初めて教えるのでよいの?」というのは「発症年齢のピークが14歳なのに高校生で教えるのでいいの?」ということです。

 先ほどのビデオ、アニメを使った授業を小学校の5・6年生でも私たちやっていて、5年生では効果はいまいちだけど小学校6年生ではかなり効果が得られることが自分たちの検証でわかってきています。

 

 あとほかの課題は、ここに書いていることです。「SOSを出しなさい」。これは「精神疾患、心の病気というものがあって、10代の子どもたち、(授業で教えている)皆さんの年齢でふえるんです。だから何かあったらばSOSを出してくださいね」と伝えるというのは教育の一番の目的です。

 ですが、やはり子どもに「SOSを出しなさい」と教えても、子ども任せで「出しなさい」といっても実際のSOSにはなかなかつながらないんです。自殺念慮とか問題が深刻になってくるほど、人間みんなそうですけど、自分が抱えている問題は深刻になるほどなかなか気楽にはひょっと言葉に出して相談しにくいというのはあります。なかなか勇気が要るものです。

 

 じゃあどうしたらいいかということですが、この10代の子どもたちに関しては、周りの大人から声をかけることが必要です。周りの大人は誰かというと、教員、保護者です。ですから教員、保護者に向けて同じような教育をしていく必要があるということで、これについて少し取り組みつつあることをお話ししたいと思います。

 

 今、私の研究室では、埼玉県の教育委員会と連携して取り組んでおりまして、埼玉県の研究推進校、公立の中学8校と県立の高校5校あるんですけれども、保護者に関しては、新入生の保護者に入学予定者説明会または入学式後にさっきの動画、大人が見てもわかりやすいというか、あまり何も知らない人にはあのレベルが良いんですが、ああいうものを使って研修を実施し始めました。今年の春からで、来年もまた続ける予定です。

 もう一つ、これは入学式の後というか入学予定者説明会のときにやると言いました。これはなぜかというと、そのときは全員が来るからです。全員が来るところじゃないと、もともと興味関心が高い人に来てもらって見てもらっても、結局一番知ってほしい、今まで何も知らなかったし興味も関心もなかった、子どもにこういう病気が起きるなんていうことを全然思いもよらなかったというような人たちにメッセージが伝わらないので、全員が来るところでやっている、ということです。こういったスライドを使って、これに声を吹き込んで教えています。これは先ほど見ていただいたようなスライドです。

 

 保護者の関心は子どもたちの成績です。だから、心の不調は成績不振につながることをしっかり教えていく。生活習慣のことも、中学高校でどんどん生活習慣が乱れていくというか、寝る時刻がどんどん遅くなっていく。

 受験のことや塾なんかで遅くなっていくことはよしとしている親もいるので、実はそれは結構問題ですよということを示していく。ちなみに14から17歳で推奨されている睡眠時間は、アメリカの睡眠のエキスパートたちは8から10時間と言っています。大分日本の実態とは差があります。

 あと、自分たちからは話さないので声をかけてくださいと。親のほうから声をかけてくださいということと、子どもの話をちゃんと聞いてあげてくださいということを伝えます。最後はこんなふうにして、こういうところでこういう関係で支えていきましょうというようなことをお話ししています。

 

 あと、子どもに「SOSを出しなさい」と言ってもなかなか出せないという問題があると言いました。学校には保健室とかスクールカウンセラーの部屋がありますけれども、実際ここに相談に来るのは、問題に気づいて相談に来ようと思う子だけでありまして、実際の不調の子全体の中のごくわずかです。この辺の子たちは全くここを素通りになっちゃうんです。どうしたらいいかということですけれども、これはもう、やっぱり尋ねてあげることです。  

 

 今年から全校生徒のメンタルスクリーニングをやっています。健康診断のメンタル版、学校では体の健康診断はありますけどメンタルのほうがないので、それをやることです。

 ちなみに労働者ではストレスチェックは義務化されています。これは厚生労働省が管轄だからですけど、なかなか学校ではこっちのほうまでまだ行ってないので、まず都道府県の埼玉県のレベルでスタートということで、質問紙を用いたメンタルチェックをしています。全生徒に実施する。

 鬱状態についての質問紙を使って1次スクリーニングをいたしまして、教育委員会としても一番心配なのは自殺のことです。ですから1次スクリーニングで心配と判定された生徒には、希死念慮についての質問紙を用いたものを教員にやってもらっています。まだ研究推進校のレベルでしかやっていませんけれどもスタートをしています。

 リスクが心配される生徒については保護者とも面接する。どんな質問紙を使うかというと、これが1次スクリーニングの質問紙、PHQ-8というものと、一番下に「死にたい気持ち、生きていても仕方ないと思うことがあります」という希死念慮に関する質問を足しています。これでひっかかってきたら、もう少し自殺リスクについての非常に具体的な質問を教員にしてもらって、リスクがどれぐらいかを判定して必要な場合には親に相談をするということを今スタートしているところです。

 

 あと、こういうことをやれるには教員の啓発というのも非常に大事なものです。全然予備知識も何もないところではできないものですから、教員向けの動画の配信を教育委員会から埼玉県の教員は全員に聞くようにというふうに回しています。こんな資料を教員向けに配付したりして、教員啓発を今始めているとろです。

 

 これは最後のスライドですけど、子ども精神不調の早期発見、早期対応はとても大事ですけど、これのためには生徒はもちろんですけど、教員、保護者全員への啓発。また、その有効な対応を可能とする校内、校外の連携体制を整備していくということで今取り組み始めているところです。こういう取り組みがうまくいって、いろいろなところに広められていければいいなと思ってやっています。

 私の研究室の活動のご紹介で恐縮ですけれども、今日の話は以上にさせていただきたいと思います。どうもご清聴ありがとうございました。

真田:佐々木先生どうもありがとうございました。それでは少し時間が押してますけど、まだお時間ありますので、フロアのほうからご質問等ありましたら挙手をお願いしたいと思います。いかがでしょうか。前の方。

参加者○○:51ページの「発達障害が高い知能でカバーできる場合もある」という部分が気になったんですけれども、高い知能というのはIQのことを指しますか。

佐々木:そうですね。IQも関係するし学力というのもあると思います。

参加者○○:IQが高い場合は、発達障害をある程度カバー(すること)が可能ということですか。

佐々木:発達障害そのものは変わらないんですけれども、例えば子どもが学校生活していく上で、成績がいいと有利だということもありますね。学業もいろんな整理整頓が苦手な問題になって、いよいよそれがうまくいかなくなってくると、生活の支障が出てくるんだけれども、ある年齢まではある程度学力でカバーできることがあるという、そういう意味で書きました。

参加者○○:わかりました。ありがとうございます。あと、IQと自分を客観視することって関係性はありますか。

佐々木:直接調べているわけではないんですけど、多分それはまた別のことなのかなと思います。

参加者○○:ありがとうございます。

真田:それでは後ろのほう手が挙がっています。はい。どうぞ、女性の方。

参加者○○:佐々木先生、ありがとうございました。大変参考になりました。

 東京都は児童生徒に対して小学校5年生、中1、高1にスクールカウンセラーによる全員面接を実施していて、その全員面接に先立ってアンケートをとっています。先生のおっしゃっていたスクリーニングがそこでできれば大変いいと思いますけれども、対象年齢とか、あとその子どもの状態によって同じアンケートとかスクリーニング、質問紙とかはなかなか難しいことがあって、その辺の工夫などを教えていただければと思います。

佐々木:それは本当に難しいところではあると思います。

 これ今は8問ありますけれども、まずこの言葉の意味が理解できるかどうかという問題があります。だから、精神疾患教育でも言葉の意味が理解できない学年だと、やってもあまり仕方がないというのもあります。

 このスクリーニングも、子どもにすごくわかるものでちゃんと確立されているものがあれば、それを使っていけばいいと思いますけれども、もしかしたらなかなかそれ、まだないかもしれません。

 こういうものは大体海外で開発されているものが多くて、日本語の訳が結構難しい訳になってしまっていると、ちょっと無理だなというのもあります。

 それと、もちろん子どもたち、小学生でももちろんこういう問題はありますけれどもまずは問題が出てくる年齢の中学校ぐらいから押さえていく。できれば小学校6年生ぐらい、そのあたりからカバーできればいいのかなというふうに思って今、埼玉県の教育委員会ではそういうふうに話をして進めていました。

 そんなお答えでよろしいでしょうか。

参加者○○:ありがとうございます。これからちょっと工夫していきたいと思います。

真田:ほかはいかがでしょうか。よろしいですか。――そうしたらちょっとお時間あるので、広野さん、先ほどの方の受けていただけますか。じゃあ男性の方、1人いらっしゃったと思いますけど

参加者○○:すみません、お時間とっていただいて。

 今回いただいたお話で、ポイントとしまして、発達障害としてちょっと聞いていることがほかの人と比べてわからないとか、あとはそもそもストレスを既に受けている状態というところとかあって、そういったところの苦労がある。それはもうどうしようもないから、やっぱり何でできないんだという人じゃなくて、何か自分はこうであってもいいんだよという人を周りに置くというところで、そういうのが大切というところを理解して、確かになるほどなと。まだ私はまだそこまで全然遠いので、全然何かよくわかっていなくて。何かそれがまだ全然わかってないんですけど、多分これは経験を通してわかってくることかなと思います。

 

 ちょっと今悩んでいることとしましては、女性の人だからこんなことを質問するのも何か失礼かなってちょっと不安になって、でも質問したかったんですけど。私、今婚活中で、いざ結婚相手を見つけようとなりますと、自分の障害を相手に受け入れていただく必要が出てくると思うんです。多分それで、それの時点でかなりヘビーダメージになるのかなと。相手の要求をかなりのまなくてはいけないのかなと思います。

 今はちょっと前提としましては、相手の方が神戸にいます、私神奈川です。結婚相談所のプロフィールでは、相手の方は〔分院?〕はあるので転勤は可能ですという話をいただいてはおりますが、実際のところ、もし本当に相手の方に関東に来ていただくとなると、相手の方に相当な負担を強いることになる。発達障害も受け入れていただいて、相手の方に関東に来ていただくというむちゃな要求をするとなると、多分もうそれ以外求めるもの、それ以外のことって捨てる必要が出てくるのかなと思うので。

 多分何か、結構結婚後のことのすり合わせではかなり難航するのかなという状況になると思いますけど、そんな中でもやっぱり今までの経験を通して、結婚するといったら、じゃあ自分がこれは捨てたほうがいいんじゃないかとかありましたら、ちょっと経験を通じて教えていただくのは可能でしょうか。

広野:そうですね。私の経験としてはDVで離婚しているという経験があるんですけど。

参加者○○:すみません、本当に。

広野:全然いいんです。今は別に新たにパートナーができて一緒に住んでいますけども、やっぱり近くなると隠せないんです、一緒に暮らすということは。

 だからそれはしっかり事前に伝えておかないと、後だともめるんで事前に伝えていただいて。遠いと一緒にいる時間が少ないから、そんなにそのしんどさが伝わらないかもしれないけど、実際一緒に暮らすと、もういっぱいいっぱい出てくるから、それをちょっと覚悟しないといけないかなというのが一つある。

 

 もう一つは、一般的に男性のほうが給料高いんですけども、やっぱり一緒に暮らして一緒に生活して家庭を築いていくというときに、誰がメインで稼ぐのかとか、誰が家事をやってとか子育てしてとかは、必ずしも男女の今までの考え方に縛られる必要はないと思います。

 もしその女性の方のほうがちゃんとした職業についているのであれば、別に男性が家で家事してたっていいと思いますし、何かその辺ももっと、男とか女とかいうのを考えずに考えられるような相手だといいなと思います。そういったレベルのお給料なりお仕事をずっとしてもらえると思って来たらしんどくなってやめちゃったとかで大変になるかもしれない。その辺の、結婚というものに対する家庭生活というものに対する考え方をしっかり話し合っておくとか、いろいろしないといけないことはあるかなと思いますので。

参加者○○:例えば家事の分担をどうするかとか、仕事はどっちが稼ぐか。

広野:そうですね。だから何なら神戸に自分が行くということ。

参加者○○:ああ、そうか。

広野:ですよ。それぐらい対等に話をしていかないと、一緒に生きていくということはやっぱりそんな簡単ではないので何かそこはちょっと時間をかけてぜひちゃんとコミュニケーションとってやっていただきたいと思います。

参加者○○:わかりました。すみません、何か変な質問してしまって。ありがとうございます。

真田:よろしいでしょうか。

 すみません、ちょっとお時間超過しましたけども、佐々木先生、広野先生ありがとうございました。それでは皆さんから最後にもう一度大きな拍手をお願いしたいと思います。ありがとうございました。(拍手)

 

 これをもちまして「2022年度昭和大学附属烏山病院公開講座、東京都精神科医療地域連携事業公開講演会」を閉会したいと思います。本日ご参加の皆様にはアンケートをお配りしていると思いますので、出口でお帰りのときにお渡しいただければと思いますので、よろしくお願いいたします。

 本日はご参加いただきまして、どうもありがとうございました。

 (終 了)